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2005年12月23日 (金)

[独り言]: 子供をねらった事件の報に触れて

最近、子供が犠牲になる事件の報道が多い。親が加害者の場合は別として (そういうケースが少なくないようであることは本当に残念だが) 、親の無念さは想像するに余りある。そして何より、将来への夢を抱き、それに向かって短い人生を生きてきた子供たちの無念さは計り知れない。

こういう事件を起こす連中は何を考えているのだろうか。加害者の生の声を聞く機会がない以上、結局真実は分からない。しかし、どうも一時的な欲望を満たすための行動であることが多いのではないかという印象を受ける。

僕が自分自身の生きる目的を考えるとき、結局いつもたどり着くのは自分の次の世代の幸福の追求ということだ。もちろん僕自身も幸福な暮らしをしたい。でもそれは、自分自身だけのためではなく、次の世代に少しでもいい形でバトンを渡したいと考えるからという部分が大きい。自分が幸福になれない世界で、子供たちが幸福になれるとは思えないからだ。

子供たちを犠牲にする加害者たちは、きっと自分の欲求が満たされれば幸福であり、自分が幸福であればそれでいい、という考えなのだろう。そんな連中がどうやって増殖したのだろうか。社会環境とか教育とか、実は僕たちの前の世代やそれ以前の人々によるところも大きいのかもしれないと考える。 (にもかかわらず、今の若い世代はどうこう、とか言う年寄りたちには解せないものを感じる。) でもそれを今更どうこう言っても始まらないので、僕たちの世代が、同じ失敗を繰り返さないための努力をするしかないのだろう。

凶悪事件の報道に関して、「暗いニュースはいらない」と言う人がいる。気持ちは分かる。「世間はこういう話が好きだから、視聴率を取るためにこういう事件の報道をしてるだけだ」という人もいる。必ずしも間違った考えではないだろう。僕もこういう事件の報道に触れるのは嫌いだ。

しかし、この社会の一部を形成している僕たちは、今この社会がどれほどおかしなことになっているのかを正しく認識し、それを良くするための努力をしなければならない。そのためには、 (行き過ぎたものは困るが) 事件報道は必要だと思う。実際、僕は子供が犠牲となる事件の報道に触れる度に、僕もがんばらなければならないことを再認識して手を合わせる。

今年ももう終わろうとしている。来年が、子供たちにとって少しでも良い年になるよう願うばかりだ。そして、僕の家族や友人たちにとっても。

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