日本食

投稿: 2007年3月11日

またまた産経のニュースサイト iza!から。「ガチガチすし、ゼリーみそ汁…自信満々の日本食レストラン」という記事。見出しだけでも結構笑えるし、記事中で紹介されている海外の日本食レストランについても、それなりに面白い。しかし、この記事はそういうおかしな日本食を紹介しているだけでなく、農水省が実施しようとしているという海外の日本食レストランの認証に対する、実際に海外で日本食レストランを経営している人たちの反応を紹介している。

実はこの計画に関するニュースを聞いた時から、僕はこの計画に大いに疑問を感じているのだが、そんな僕の気持ちをぴたりと言い当ててくれているようなロサンジェルスの人のコメントが紹介されている。

 日系社会でも制度の評判は芳しくない。市内有数の正統派日本食レストラン「千羽鶴」のシェフ、前田吉和さん(52)は「お店の格を決めるのはお客さま。日本政府はなぜこんなことを突然言い出したのか」と困惑する。別の日本食卸業者は「日本の役人が考え付きそうな税金の無駄遣いの典型」とあきれ顔だ。

ちなみに、この記事には肯定的な意見も紹介されているのだが、とりあえずそれはそれとして僕の考えを書いてみよう。

上のコメントにもあるように、日本食に限らず、レストランの善し悪しを判断するのは客である。どんなにシェフに自信があっても、どんなにそれが日本人から見てすばらしい和食であっても、食べるのは現地の人であり、その人たちの口に合わなければ、そのレストランに対する現地における評価は下がってしまう。日本における中華料理などは良い例ではないだろうか。我々が普段接している中華料理の多くは、おそらくかなり日本人の口に合わせたアレンジがされていると思う。四川料理をもし本場と同じ辛さで出したら、僕のような辛い物好きはともかくとしても、みんなが気軽に訪れるような店にはならないだろう。それは日本の客に合わせることを、本場の物を本場の人が好む形で出すことよりも重視した結果であり、多くの日本人はそれをありがたくいただいている。そして、それは商売をするという観点からは至極当然の選択である。しかし、もし中国政府の役人が、日本人が経営している大衆的な中華料理店にやってきて、「ここの中華は中華とは呼べない。」とかなんとか言ったとしたらどうだろう。それは、本場の中華を食べたい人には参考になる情報だろうが、そもそも大衆的な中華料理店に多くの日本人が求めている物がそこにあれば、そんな格付けなど誰も気にはしないだろう。そして、客の大半が気にしない格付けなどは商売にも影響は与えないであろうから、その店の味が大きく変わるとは考えにくい。

海外における日本食だって同じである。まずは商売として成り立たせなければならないわけだから、現地の人々が好む味付けやアレンジをするのが当然だろう。和食らしい和食を出す店を求める現地在住の日本人や日系人もいるだろうが、その数が多くなければ、少なくとも安価にそういう料理を出す店は経営できないだろう。日本でも、本格的な中華を食べようと思うと少々値が張るのと同じではなかろうか。海外の日本食レストランの経営者の多くが目指す所が、「日本食のお墨付きをもらうこと」ではなく、「現地の人たちに喜んでもらえる物を出す」ことにある限り、そしてその二つが同義にでもならない限り、この認証制度はほとんど意味をなさないのではないだろうか。この制度の恩恵を受けられるのは、海外で日本食を食べたいという日本人と、アレンジされていない日本食を食べたいという現地の人たちだけだろう。

それにしても「日本食」とはいったい何だろうか。日本にも、最近「創作和食」というのを出す店が増えているが、あれは「日本食」なのだろうか。寿司にしたって、カリフォルニア巻きなんかはすっかり定着してしまっているが、もし日本人の平均的感覚からしてもまともな寿司屋でちゃんとした寿司とともにカリフォルニア巻きが出されていたら、その店は認証されないのだろうか。もしそういう店が低い格付けをされるのであれば、この認証制度は誰にも信頼されないものになりそうだ。農水省は、「日本食」の定義をはっきりさせた上で、そしていきなり海外の店を格付けするなどということをせずに、まずは国内の店の格付けを試みて、それがどれだけ大変なことなのかを考えてみてはどうだろうか。

この制度に関するもう一つの疑問は、上の卸売業者のコメントにあるように、これは税金の無駄遣いなのではないかという点だ。こういうことを政府がやるというのはどういうことなのだろうか。確か今の内閣 (ともう一つ前の内閣も) は、「民間でやれることは民間で」とか何とか言っていなかっただろうか。このような調査や格付けは、本当に政府でなければできないようなことなのだろうか。

実際に農水省の役人だか誰だかが調査をするという場合を考えてみよう。まず彼らは、何らかの方法で調査対象地域の日本食レストランのリストを入手する。おそらくそこを自分たちで調べるというような面倒なことはせずに、地元の人に聞いたり、インターネットで調べたり、下手をすれば旅行者用のガイドブックなんかを参考にしたりするのだろう。そういう中で、当然いろいろな店の評判を耳にするだろう。そして、評判が良い何件かと、そして評判が悪い何件かを選んで実際に食べに行く。しかし、日本人や日本人向けの媒体から得た情報に基づいているので、およそ評判通りの格付けをすれば良いことになる。そんなことをするだけでは、わざわざお役人が税金を使って渡航して飲食した結果としてはあまりにもお粗末なので、今度は現地人の間で評判になっている日本食レストランへ行ってみる。現地人にはすこぶる評判が良い店に行ってみると、それは現地人向けにアレンジされた料理で、お役人の口には合わず、従って低い格付けとなる。でも現地人は美味しいと言っているし、それで店も流行っているから、経営者はそんな格付けなど全く気にしない。

さて、これが本当に国が税金を使ってやるべき、国でなければできないことなのだろうか。冒頭で紹介した記事には、パリにおける取り組みが紹介されていて、こちらは JETROの側面支援を受けて行われている民間による取り組みだということだ。「ちゃんとした和食はどこで食べられるのか」というような情報に対するニーズが高い地域では、民間によるこのような取り組みも生まれてくるだろうし、そのような取り組みを支援するような方法を考える方が良いような気がしてならない。

とはいうものの、旅先では紹介した記事中に登場するような食べ物には遭遇したくないものである。もっとも僕は海外ではめったに日本食を食べないので大丈夫だとは思うのだが。