僕が勝手にファンになって勝手に愛読させていただいている、パレスチナ自治区に留学中のなみちゃんのブログから。いつも通り興味深い内容なんだけど、最後の一言に思うところあり。
2007年5月アーカイブ
このブログを読んでくれている友人に、最近どちらかというとまじめな内容の記事が多くて退屈なので (とはっきりとは言わないが) 、衝動買いの話を書け、とか、どうせ書いてないだけで衝動買いはしてるんだろうからちゃんと書け、とか言われることがある。言うまでもなく衝動買いは相変わらずである。実は書きたいねたはいくつかあるのだが、「しっかり使い込んでから書こう」などと思っているうちに時間がどんどん過ぎてしまうのだ。何となく気が向いたので、とりあえず年明け早々に買ったホームベーカリーについて書いてみることにした。このホームベーカリーについては、買った頃にちょっとだけ Mixiに書いたことがあるので、「例のホームベーカリーについて詳しく聞かせろ」という声もそれなりにあったりしているのだ。
デジタルカメラが普及し始めたのは、まだ僕が学生だった 10年くらい前のことだったと思う。周囲の友人たちが手に入れたのを見て、なるほどこれは便利そうだ、なんて思ったものだ。そして僕自身も、フィルムカメラと異なって、どんなミスショットをしても実質的に無駄になるものが何もない、というデジカメの特徴を魅力的に感じ、 99年頃に 1台購入したことがある。購入してしばらくの間は、出張で出かけた展示会で展示物を撮ってみたり (いや正確には撮ったつもりになってみたり) 、記念撮影の時に自分のデジカメも渡して撮ってもらったりしていた。人に撮ってもらったものはそれなりに使える画像だったし、自分で撮ったものの中にも、少しくらいは使えるものがあった。そして、自分で撮った大量の使い物にならない画像データは、メモリーカードから消し去ってしまえばよく、思惑通り、フィルムカメラとは異なり特に何も無駄にすることなく、写真を撮りためるということができるようになった。しかし、しばらく使ってみた結果、少々面倒なことに気づいてしまい、それ以来デジカメはお蔵入りとなり、これまで新しいものを買おうとも思わなかった。
困難な状況にいても、重い障碍を持っていても、何かやりたいと思う事があって、その事に意義を見いだすことができれば、仮にそれが自分の能力を超えた何かであっても、いずれ実現できる。僕はそう信じて生きてきたしこれからもそう信じて生きていくだろう。したがって、やりたいと思ったこともないようなことは、きっと決してできるようにはならない、これもまた真実だと思う。やりたくないからやりたいと思わない、これはきわめて自然なことだから良いのだが、やれると思わないからやりたいと思わない、これはきわめて不健全であるような気がする。そんなことに改めて気づかせてくれるきっかけをくれた記事がある。

