[ニュースの話題]: 紙幣識別アプリ関連のニュースに関する雑感

国立印刷局が、スマートフォンで紙幣の識別を行うアプリを開発して無料配布するというニュースがちょっと前にあった。と思ったら、つい昨日、今度はLooktel Money Readerが日本円にも対応したというニュースがあった。どちらも良いニュースだなと僕は思っているのだけど、Twitter上のいろいろな意見を見ていてちょっと思ったことがあったので、ここに書いてみることにした。

僕が目にしたこれらのニュースに対する反応は、だいたい以下のような感じだ。

  • そもそもそんなものが必要ないように、もっと識別しやすい紙幣を作るべき。
  • 必要なのはそうかもしれないけど、利用シーンが思い浮かばない。
  • 既にあるようなアプリ作ってどうするの?
  • そもそもそんなものなくてもお札は触って分かるようになっている。

これらについて、順に僕の考えを書いてみる。

もっと識別やすい紙幣を作るべき

これはその通りだ。そして実際、紙幣識別アプリ開発に関する報道発表にも、長期的にはそうしていきたいということが書かれている。

ではなぜ「長期的には」なのか。それはすぐに実現することが容易ではないからだろう。

僕が覚えている範囲 (1980年頃以降) の日本の紙幣について、視覚障害者にとっての識別性という観点で見てみると、だいたいこんな感じだ。

1万円札の肖像が聖徳太子だった頃 (1984年以前らしい) は、券種によって紙幣の幅 (横長に置いた時の縦、短辺) が明らかに違っていたらしい。 (僕は子供だったので、500円札か千円札くらいしか手にしたことがないので全然覚えていない。) この場合、折りたたんで財布に入れてあるような場合でも、容易に区別ができるだろう。また、どれくらい明らかな違いだったか分からないけど、作り方によっては1枚だけ紙幣があるような場合でも、判別できそうな気がする。

1984年に導入された紙幣は、全ての券種で幅が同じ、長さがそれぞれ5ミリずつ違うというものだった。 (大きさについては2004年に導入された今の紙幣も同じ) この時初めて、視覚障害者の利用を想定して、識別用のマークが紙幣の左下に付けられた。

このマークは、紙を盛り上がらせて作られた丸い凸点で、券種によってその数や並び方が違っていた。新券ならば、少なくとも僕にははっきりと識別できるものだった。が、使い古された紙幣では必ずしも識別は容易ではなかった。

結局、ほとんどの場合は手持ちの複数枚の紙幣の大きさ (長さ) を比較することで、紙幣の識別をすることが僕は多かった。ただ、この方法では、紙幣が1枚だけあるような場合にはどうにもならない。そしてこの状況は、2004年の現行紙幣導入後も変わっていない。

それで、この頃の紙幣についてあれこれ検索していて読んだのだけど、紙を盛り上げる方式での識別マークが、自販機やATMの誤動作の原因になることも少なからずあったということもあるようだ。そういうこともあって、2004年の現行紙幣導入時には、紙を盛り上げる方式ではなく、簡単に言ってしまえば印刷時にインクが盛り上がるような方式の識別マークに変わったらしい。

で、この現行紙幣の識別マークだけど、新券でもすごく判別しにくい、というのが僕の印象だ。2004年より前の紙幣の場合は、時々識別マークを活用していたのだけど、2004年以降はすっかり当てにしなくなってしまった。

ということで、どうも日本の紙幣はだんだん識別しにくいものになってきてしまっているということは言えそうだ。ただ、国の肩を持つつもりはないけど、国だって分かりにくくしようと思ってこんなことをしているわけではないだろう。識別マークが分かりにくくなったのは、一般に広く普及していて、もちろん僕たち視覚障害者も使う機器の誤動作を防ぐためだったようだし、たぶん幅が同じになったのは、自販機なんかで全ての券種を取り扱えるようにしようという意図があったのではないかと想像する。実際、1984年より前だと、お札が使える自販機なんかは基本的に千円札にしか対応していなかったと思うけど、最近では1万円札にも対応しているというものは少なくない印象だ。そしてこれが便利なことは間違いない。

おそらく関連技術はどんどん進歩しているだろうから、今紙幣を作るならもっと別の方法があるのかもしれない。けど、1984年導入の紙幣にしても、2004年導入の紙幣にしても、それを検討している時の技術水準に合わせて考えるのが当然だろう。紙幣なんていうものは、毎日使うもので、技術の1歩先をいくようなものであってはならない、と考えるのが妥当だと思う。 (もちろん偽造防止対策については技術の先を行かないと話にならないだろうけど。) ということで、今の状況というのは仕方がないのだという気はする。

で、もっと分かりやすい紙幣を、という話だけど、もっと分かりやすいものを作ることそのものは、そんなに大変な話ではないだろうと思う。けれども、新しいものができても、それが市場に出回って、そして古いものと完全に入れ替わるまでの間には少なくとも数年は必要だろう。その間、ATMだの自販機だのは、両方の紙幣に対応できなければならないわけで、そう考えると今の紙幣からがらっと変えて全く違った紙幣にするというわけにもいかないという事情はあるだろう。作れても流通させるのが難しければ、それは作れないも同然だ。社会的には、視覚障害者にとって識別しやすいことで流通のさせやすさが損なわれて良いということには、やはりならないだろうし、僕もそれはそういうものだと思う。

識別アプリの利用シーン

さて、僕の日常的な紙幣との関わり方はこんな感じだ。

まず、券種ごとに紙幣を分けて、それぞれ別々にまとめて折りたたむ。それを財布の中の特定の場所に入れて、実際に使う時にはいちいち確認しなくて良いようにしている。

では、券種ごとに分ける作業をどうやるかというと、前述の通り長さの比較だ。そして、5千円札と千円札が混ざったおつりをもらったような場合には、その場で長さを比較して、後でそれと分かるように分けて財布に入れる。こんな感じだ。

で、この紙幣識別アプリによって、この分類作業の際に長さの違い以外の判断材料がもたらされるわけだ。そして、この方法ならば紙幣が1枚だけある場合でも問題なく使える。 (もうこれで、財布に1枚だけ残っているお札が1万円札だと信じて堂々と出したら、実は千円札で、戻ってきたおつりでその日を乗り切らないといけない、などということは起こらなくなるはずだ。)

おそらく利用シーンが思い浮かばない、これは実用的ではない、と考えている人たちは、このアプリはお金を使う時に使うものだと思っているのだろうけど、実際には紙幣の分類作業の時に威力を発揮すことになる。少なくとも僕の場合はそうだ。

ということで、あれば便利なことは間違いない。

既にあるアプリを国主導で開発する意義

僕が知る限り、現時点で日本円の識別ができるiOS用のアプリは二つある。一つは、VOICEYE, Inc.という、たぶん韓国の会社が作っているMoney Readerというアプリだ。つい昨日くらいまでは、これが唯一日本円にも対応したアプリだったのだけど、冒頭でリンクしたニュースの通り、今ではLooktel Money Readerも日本円に対応している。ちなみにLooktel Money Readerの方は、アメリカの会社が開発したものだ。どちらも有料のアプリだ。

両方とも何カ国かの紙幣に対応している。ただ、前者は紙幣の識別の前に、これからどの国の紙幣を識別しようとしているのかを設定する必要があるのに対して、後者は単純にiOSディバイスをかざせば良いので、使い勝手の面では後者が優位だろう。

と、こういうアプリが有料とはいえ存在するのに、国が同様のアプリを (もちろん税金を使って) 開発することの意義はなんだろうか。こういう話になると、税金の無駄遣いとか、民業圧迫だとかいう声が聞こえてきそうだけど、僕は全くそういう意見には同意できない。

まず、紙幣が国民全て、さらに言えば日本を訪れる人全てにとって使いやすい (アクセシブルな) ものであることを保障するのは国の義務だと僕は思う。その方法として、このようなアプリを提供するというのは決して悪くないアイディアだろう。

国の義務である以上、それは継続的に実施されなければならない。「民間が開発したものがあるから良いじゃない」なんてのんきなこと言ってたら、その会社がつぶれた時には目も当てられない。もちろん会社がつぶれてもアプリは使える。でも配布はされなくなるかもしれない。そして紙幣がやがて新しくなった時にはどうするのか。アプリはないも同然だ。

だから僕は、このような取り組みは国が率先してやるべきだと思う。そうすることによって、新しい紙幣を市場に投入するのとほぼ同時にアプリを更新したり、なんてことも容易にできるだろう。

これに関連して、「既に良いものがあるのだから、国がライセンスをまとめて買って配るとかできないのか」という意見も見られた。これは可能であれば悪くないのかもしれないと思うものの、難しい問題も多そうだ。

現時点で (僕が把握している限りでは) 紙幣識別アプリを作っているのは、前述の通り、国外企業だ。国外企業にこういった部分で依存すること、国外企業に対して税金を投入することに関しては、少なくとも心理的な壁があるだろう。そして技術的な壁もありそうな気もする。

そして、そもそも有料で販売しているものを、日本でだけ無料で配布するというのにも、考えなければならない点がありそうだ。今のiTunes Storeの仕組みがどうなっているか詳しくは知らないが、国によって販売価格を変えるようなことはもしかしたら可能なのかもしれない。それで、日本では無料、海外では有料、というような形にしたとする。でもそれでは、短期で日本を訪れる人たちなんかには無料配布はできない。僕は、そういう人たちにもちゃんと紙幣のアクセシビリティーを保障していくのが国の役割だと思っているので、これでは困るのだ。

それから、もしその開発元が倒産したらどうなるのか。ライセンスしか買っていないから、当然ソースコードの著作権なんかは国のものではない。そうなると、前述と同じ問題がやはり出てきてしまうだろう。

可能性として考えられるのは、国が既存アプリの開発会社から、アプリの著作権ごと買い上げてしまうというやり方だろうと思う。それが新規アプリの開発より安くつくなら、それも悪くはないかもしれない。けど、著作権も含めて売ってくれる会社が作っているアプリになんか期待できない、などと考えてしまうのは僕だけだろうか。

お札は触れば分かるようになっている

ということで、ここまでで書いてきたように、触っても分かりません。いや、理論上は分かるようになっている、それは確か。でも実用上は分からない、そんな感じ。

それから、触って分かるようになっていたとしても、それでは不十分な場合もある。糖尿病が進んで失明するような場合、指先の感覚も鈍化してしまうという。そういう人たちにも触って分かるようにするのは、それほど簡単な話ではないと思う。

それから、僕はこの分野は不勉強であまりちゃんとしたことが言えないのだけど、知的障害がある人の場合にも、こういう識別アプリが有用だろうという意見も見られた。

紙幣に限らない話だけど、ある情報 (紙幣の場合はそれがいくらかという情報) を手に入れられる方法は、なるべく多く存在した方が良い。見て分かる、触って分かる、アプリで分かる、何かしら他の読み取り技術で分かる、そんな風になっていることこそが、誰でも確実に紙幣を識別して使って経済活動に参加できるようにするためには必要だろう。そして、それを国が率先して、継続的にやっていくこと、それはすごく重要なことだと僕は思う。

ところで、この件については、最近配信したポッドキャストでも話しているので、気が向いたら暇つぶしにでもどうぞ。

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このブログ記事について

このページは、Maxが2013年5月 9日 03:25に書いたブログ記事です。

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