[独り言]: 古くて新しい (かも知れない) altの話

最近始まった、アクセシビリティーに興味がある人がなんとなく集まってなんとなく飲み食いしながら雑談する会、「悪徳」で話した内容なのだけど、画像に付ける代替テキスト (alt) について。

事の発端は、LINEなんかで使われているスタンプにaltを付けるとしたら、いったいどうするべきなのか、という話。

HTML5の仕様書のimg要素のalt属性の所を見ると、"Replacement text for use when images are not available" (画像を利用できないときに使用する代わりのテキスト) とだけ書かれている。ただ、その後に"4.7.1.1 Requirements for providing text to act as an alternative for images"というセクションで、いろいろなケースでどのようなaltを付けるべきかということが示されている。

ここに挙げられているケースの中から、前述のLINEスタンプが該当しそうなのは、インライン画像、写真の画像、アイコンあたりだと思う。

インライン画像の所では、

When images are used inline as part of the flow of text in a sentence, provide a word or phrase as a text alternative which makes sense in the context of the sentence it is apart of.

センテンスの中のテキストのフローの一部としてインラインの画像が使われている場合は、そのセンテンスの文脈で意味が通る語句をテキストの代替として指定する。

となっていて、 heart.png というファイル名の画像に、 "love" というaltを付けて、"I love you"と読まれるようにする例が示されている。 これは、LINEのスタンプの使われ方にもありそうなパターンだ。

でもこれ、その画像を使う人でなければ、その画像をどういう意図で使うのかは分からないわけで、したがって適切なaltを指定するのは簡単ではない。

LINEスタンプの場合だと、スタンプを使う人がaltも指定できるようにしなければダメということになる。でも、スタンプを使うということは、テキストではなく画像で表現したいということで、もしかするとテキストでは表現できないような微妙な気持ちを表しているのかも知れない。altを指定するくらいなら最初からテキストで書きそうなものだ。

では、仮にスタンプの作者がそのスタンプのaltを指定できるとしよう。 (実際にできるのかどうか、僕はほとんどLINEを使わないで不明。) その場合、ユーザーがどういう意図でスタンプを使うのか確信が持てていないと、「そのセンテンスの文脈で意味が通る語句」なんて指定できるわけがない。つまり事実上不可能な場合が多いはずだ。

ではどうすべきか。単純に「ハート」とか「ハートマーク」とかで良いのではないのか、というのが僕の考え。

そもそも、画像を使って情報を発信する場合、発信者は何らかの意図を持ってその画像を使っているはずなのだけど、その意図が受信者に届くかどうかは受信者次第だ。晴眼の受信者がハートマークを見たときに、それが"love"なのか、「心臓」なのか、その解釈は完全に受信者に委ねられている。

ではなぜスクリーン・リーダーを使っている人にはその解釈を委ねず、発信者の意図を押しつけなければならないのか。そういうことを考えた方が良いと思うのだ。

同様に、これは古くから言われている話でHTML5の仕様書にも出てくる例だけど、画像がリンクになっている場合のaltについても、この話をきっかけに疑問に感じている。

例えばある会社のサイトで、その会社のロゴがある場合を考えてみよう。

今までよく言われていることは、ロゴがリンクになっていなければ「悪徳商会ロゴ」みたいなaltを付けて、もしそれがそのサイトのトップページへのリンクになっている場合は「トップページ」とかのaltを付けましょう、ということだ。

でも、晴眼者は同じ画像を見て、それがリンクなら「ああ、トップページに行くんだな」と思うし、リンクじゃなければ「ああ、ロゴがあるな」と思う、つまりその画像の役割を自分で解釈しているはずだ。

ではなぜスクリーン・リーダーのユーザーはその解釈を自分でしなくて良いのか。その画像がリンクになっていれば、それがリンクだということはちゃんとスクリーン・リーダーが教えてくれる。悪徳商会のロゴがそこにあること、それがリンクになっていること、この情報はスクリーン・リーダーのユーザーにもちゃんと伝わり、そしてそれは晴眼者が得るのと同じ情報量だ。そこに、晴眼者は得ることができない「トップページへのリンクですよ」という情報をなぜ追加してやらないといけないのか。スクリーン・リーダーのユーザーはそんなことも判断できないとでも思われていたりするのだろうか。

たしかにこれまで言われていたようなやり方で書かれている方が、僕自身も便利だとは思う。でも、「こうだと便利」という視点よりも、「こうだと同じ情報量が過不足なく伝わる」という視点で考えることが重要なのではないかと思う。過不足なく情報伝達をした上で、「いやあ、これではさすがに伝わらない」という場合にだけ、追加の情報を提示する、そういう考え方に立って、アクセシブルな情報提供というものを再検討してみる必要がありそうな気がしている。

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このページは、Maxが2015年3月27日 05:59に書いたブログ記事です。

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